
朝からいきなり夏がきたーという感じ。
ちょっと前までは寒くて毛ものが話せなかったのに、
いきなりこの暑さか、と思いつつも
やはりどこか開放感のある陽気が嬉しく思えます。
ブックカバーチャレンジ 3日目。
1,2日目に続いて、食べ物関係の本は
続々と控えてはいたのですが、
昨日の本のしおりになっていた前職の会社の
ポストイットをみたら、急にそっちのルーツのモードに
自分の中に切り替わってしまい、今日はコチラの本をご紹介。

すべて大学のゼミでお世話になった細井勉先生のご著書です。
論理数学という本が教科書で、日本語の表現で
算数、数学を表現していくのに、正しく伝わる表記のことや
世の中で間違っている、定義が曖昧でない表現などを
的確に、かつ辛辣に挙げていく姿は、最初とても衝撃的でした。
が、同時に、どこかみんなが、ん???って思っていることを
学問として論理的に説明ができて、それが様々なところにも
応用ができる分野ってあるんだなぁという感動も。
たとえば、電車の時間の表記でよくあるのが、
「こんど」 と 「つぎ」 の違い。
私たちは経験的に、またビジュアル的に
待ち時間最短で来る列車が「こんど」
その次に最短(つまり「こんど」来た列車の「つぎ」に来る列車)が「つぎ」、
と判断していますが、
言葉としての定義で、「こんど」と「つぎ」の違いを明確に述べよ
と言われると、なかなか難しい。
それって変でしょ???
とか。。。
細井先生は、言語学者としてのお顔も持っていて、
電車での通勤時間帯に本を読んだだけで、世界7か国語を
マスターしてしまったという語学の天才でもあります。
毎年世界各国から教授や研究者がお客様として研究室に
いらっしゃるのですが、どの国の方がきても、その方の母国語で
話しをされていて、感動。
そしていらっしゃる先生たちがまた、そろいもそろって天才たち。
私は無謀にも、いちばん難易度が高いという、紐の知恵の輪のような
ものをロシアからのお客様に挑戦状みたいに持って行ったところ、
私の手にある様態で一瞥し、彼の手に渡った瞬間にそれが外れていた
というショッキングなこともありました。
そんな様子もにやにやしながらみていた細井先生ですが、
そのにやにやしながら、超絶論理的なつっこみをいれてくださるので
毎週先生と研究論文について話すのにものすごく緊張をしたことを
覚えています。
その頃の私は、数学・物理が大好きで、ただ今云う理系女子、
というのとはなんか違うなと感じていました。
というのは、数学こそロマンだ、文学だ、と本気で思っていたし(今もですが)
物理の公式にいちいちときめいていて(これも今もですが)
それを理系、文系とはっきり区別されるのは、
ロマンがないといわれているみたいでちょっと反発を覚えていました。
そんなちょっととんがっていた私ですが、私が何をいっても
例のにやにやで、穏やかな口調で、超絶ロジカルに論破され、
ぐうの音も出ないくらい。。。ですが、後から考えてみると、
私のつたない説明、それこそ間違った日本語で伝えようと
していたことを、一瞬で理解してそれに対する自分の考えを
ものすごく論理的に、かつ私に分かりやすいように伝えてくれる、
そのすごさを毎回毎回感じていました。
私のこの言い方で、よく通じたな。。。と
いわゆる日本人的なあいまいさとか言いにくさとか、
空気を読んだ発言などを一切されない人だったので、
学内でも堅物として通っていました。
そんな先生の研究室に志願して入ったときは、
周りに結構驚かれたものです。
ゼミのみんなで遠足に行ったり先生の御宅に遊びに行ったりするうちに
物凄く情に厚くて学生想いの方だということもよくわかりました。
ついつい、思い出話になってしまいましたが、
色んな意味で今の私のアイデンティティの確立に
かなり影響を与えた方だったなと思います。
ルイスキャロルの本は、私が就職した後、出版され
先生が贈ってくださったもの。
不思議の国のアリスの著者で有名なキャロルですが、
実はオクスフォード大学の数学の先生が本業。
物語に出てくる数字や表現、時空間のナゾなどに
実はかなり数式、数字が隠れていたりします。
この世界のワクワクをこんな形で世に出せるのは
先生しかいないなと感動したものです。
。。。なんてキリがないのですが、
この頃から、尊敬する人、仲良くなる人、打ち解けられる人、が世間一般では
堅物と言われる人だったり、人付き合いを敬遠しているような人が
多いなぁと気づいた時期でもあります。
昨夜も書いたかもしれませんが、
こうして一冊の本を振り返ることで、忘れていた人生の一部、
大事にしてきたもの、が見えてくるって結構面白いなと感じます。
そして、今一緒に仕事をしたり、学んだり、お付き合いしている人たちが
それぞれ全然別の背景を持って歩んできて、今ここで交差している、
そんな事実にも感動します。
今日は午後から国分寺のお店に入り、
夜は、一昨日に続いて、ハチミツとハーブのラターブルヴェールの
尾形優子さんにお話を伺いました。
その時にハチミツがもたらす「多幸感」という話になりました。
多幸感っていい言葉だわ、としみじみ感じながら、
小学生の頃から
「あなたはいつも幸せそうでいいわね」 とか
「苦労とか苦しい想いをしたことないでしょ」
とよく言われていて、私自身はそれがものすごく嫌で
笑わなくなった時期もあったりしました。
でもしばらくして、そう思われてもいいや、というか、
私に対してそう思うってその人はつらい人なんだなと
分かるようになりました。
だって、ある程度人生を重ねれば、、
つらいことがない人生なんてない、と分かること。
それが分からず、他人を羨ましがってばかりいて
不幸だと思ってきた人はやっぱりつらいだろうなと。
自分で自分を幸せに思えて何が悪い、と今なら
誇りをもっていえるけれど、
それは多分、過去の本や人との関わりから生れてきたもの。
つくづく、人生っておもしろい!と思っています。
本当は理系大学の面白すぎた生活について書こうと
思っていましたが、ぜんぜん別の方向に行ってしまいました。
ちょっと前までは寒くて毛ものが話せなかったのに、
いきなりこの暑さか、と思いつつも
やはりどこか開放感のある陽気が嬉しく思えます。
ブックカバーチャレンジ 3日目。
1,2日目に続いて、食べ物関係の本は
続々と控えてはいたのですが、
昨日の本のしおりになっていた前職の会社の
ポストイットをみたら、急にそっちのルーツのモードに
自分の中に切り替わってしまい、今日はコチラの本をご紹介。

すべて大学のゼミでお世話になった細井勉先生のご著書です。
論理数学という本が教科書で、日本語の表現で
算数、数学を表現していくのに、正しく伝わる表記のことや
世の中で間違っている、定義が曖昧でない表現などを
的確に、かつ辛辣に挙げていく姿は、最初とても衝撃的でした。
が、同時に、どこかみんなが、ん???って思っていることを
学問として論理的に説明ができて、それが様々なところにも
応用ができる分野ってあるんだなぁという感動も。
たとえば、電車の時間の表記でよくあるのが、
「こんど」 と 「つぎ」 の違い。
私たちは経験的に、またビジュアル的に
待ち時間最短で来る列車が「こんど」
その次に最短(つまり「こんど」来た列車の「つぎ」に来る列車)が「つぎ」、
と判断していますが、
言葉としての定義で、「こんど」と「つぎ」の違いを明確に述べよ
と言われると、なかなか難しい。
それって変でしょ???
とか。。。
細井先生は、言語学者としてのお顔も持っていて、
電車での通勤時間帯に本を読んだだけで、世界7か国語を
マスターしてしまったという語学の天才でもあります。
毎年世界各国から教授や研究者がお客様として研究室に
いらっしゃるのですが、どの国の方がきても、その方の母国語で
話しをされていて、感動。
そしていらっしゃる先生たちがまた、そろいもそろって天才たち。
私は無謀にも、いちばん難易度が高いという、紐の知恵の輪のような
ものをロシアからのお客様に挑戦状みたいに持って行ったところ、
私の手にある様態で一瞥し、彼の手に渡った瞬間にそれが外れていた
というショッキングなこともありました。
そんな様子もにやにやしながらみていた細井先生ですが、
そのにやにやしながら、超絶論理的なつっこみをいれてくださるので
毎週先生と研究論文について話すのにものすごく緊張をしたことを
覚えています。
その頃の私は、数学・物理が大好きで、ただ今云う理系女子、
というのとはなんか違うなと感じていました。
というのは、数学こそロマンだ、文学だ、と本気で思っていたし(今もですが)
物理の公式にいちいちときめいていて(これも今もですが)
それを理系、文系とはっきり区別されるのは、
ロマンがないといわれているみたいでちょっと反発を覚えていました。
そんなちょっととんがっていた私ですが、私が何をいっても
例のにやにやで、穏やかな口調で、超絶ロジカルに論破され、
ぐうの音も出ないくらい。。。ですが、後から考えてみると、
私のつたない説明、それこそ間違った日本語で伝えようと
していたことを、一瞬で理解してそれに対する自分の考えを
ものすごく論理的に、かつ私に分かりやすいように伝えてくれる、
そのすごさを毎回毎回感じていました。
私のこの言い方で、よく通じたな。。。と
いわゆる日本人的なあいまいさとか言いにくさとか、
空気を読んだ発言などを一切されない人だったので、
学内でも堅物として通っていました。
そんな先生の研究室に志願して入ったときは、
周りに結構驚かれたものです。
ゼミのみんなで遠足に行ったり先生の御宅に遊びに行ったりするうちに
物凄く情に厚くて学生想いの方だということもよくわかりました。
ついつい、思い出話になってしまいましたが、
色んな意味で今の私のアイデンティティの確立に
かなり影響を与えた方だったなと思います。
ルイスキャロルの本は、私が就職した後、出版され
先生が贈ってくださったもの。
不思議の国のアリスの著者で有名なキャロルですが、
実はオクスフォード大学の数学の先生が本業。
物語に出てくる数字や表現、時空間のナゾなどに
実はかなり数式、数字が隠れていたりします。
この世界のワクワクをこんな形で世に出せるのは
先生しかいないなと感動したものです。
。。。なんてキリがないのですが、
この頃から、尊敬する人、仲良くなる人、打ち解けられる人、が世間一般では
堅物と言われる人だったり、人付き合いを敬遠しているような人が
多いなぁと気づいた時期でもあります。
昨夜も書いたかもしれませんが、
こうして一冊の本を振り返ることで、忘れていた人生の一部、
大事にしてきたもの、が見えてくるって結構面白いなと感じます。
そして、今一緒に仕事をしたり、学んだり、お付き合いしている人たちが
それぞれ全然別の背景を持って歩んできて、今ここで交差している、
そんな事実にも感動します。
今日は午後から国分寺のお店に入り、
夜は、一昨日に続いて、ハチミツとハーブのラターブルヴェールの
尾形優子さんにお話を伺いました。
その時にハチミツがもたらす「多幸感」という話になりました。
多幸感っていい言葉だわ、としみじみ感じながら、
小学生の頃から
「あなたはいつも幸せそうでいいわね」 とか
「苦労とか苦しい想いをしたことないでしょ」
とよく言われていて、私自身はそれがものすごく嫌で
笑わなくなった時期もあったりしました。
でもしばらくして、そう思われてもいいや、というか、
私に対してそう思うってその人はつらい人なんだなと
分かるようになりました。
だって、ある程度人生を重ねれば、、
つらいことがない人生なんてない、と分かること。
それが分からず、他人を羨ましがってばかりいて
不幸だと思ってきた人はやっぱりつらいだろうなと。
自分で自分を幸せに思えて何が悪い、と今なら
誇りをもっていえるけれど、
それは多分、過去の本や人との関わりから生れてきたもの。
つくづく、人生っておもしろい!と思っています。
本当は理系大学の面白すぎた生活について書こうと
思っていましたが、ぜんぜん別の方向に行ってしまいました。
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